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広島地方裁判所 平成9年(ワ)712号 判決 1998年7月07日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  原告と参加人の間において、被告に対する金一四四〇万円の乙川太郎の死亡退職金債権が参加人に帰属することを確認する。

三  被告は参加人に対し、金一四四〇万円及びこれに対する平成九年一〇月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用については、参加によって生じた部分は原告及び被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

五  この判決の三項及び四項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一四四〇万円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  参加人の請求の趣旨

1  主文二、三項と同じ

2  仮執行宣言

三  原告の請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  参加人の請求の趣旨に対する原告及び被告の答弁

1  参加人の請求をいずれも棄却する。

2  参加による訴訟費用は参加人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は、ビル清掃・ビル管理等を業とする会社である。

2  訴外亡乙川太郎(以下「乙川」という。)は、昭和四六年六月、原告と共に被告を設立し、以来被告の代表取締役として、被告の経営に従事していたが、平成八年一月一九日、死亡した。

3  太郎死亡に伴い、平成八年三月三〇日、被告は太郎の遺族に対して退職慰労金一四四〇万円(以下「本件退職慰労金」という。)を支払う旨株主総会において決議した。

4  被告の退職金規程第五条によれば、従業員が死亡した場合の退職金は、死亡当時本人の収入により生計を維持していた遺族に支給するとされ、その遺族の範囲及び支給順位については労働基準法施行規則第四二条から第四五条を準用する旨定められている(以下「本件退職金規程」という。)。

5  原告は、太郎と昭和五一年ころから内縁関係となり、太郎が死亡するまで同居し生計を共にしていた。

6  太郎は参加人と昭和一二年三月二七日に婚姻し、死亡するまで戸籍上は夫婦であったが、昭和四九年頃から完全に別居し、原告が太郎と内縁関係になった頃までには、太郎と参加人との間の婚姻関係は完全に破綻しており、離婚調停においても、慰謝料の金額で合意できなかったため離婚は成立しなかったけれども、両者とも離婚そのものには異議のない状態であった。その後、太郎は参加人に対して厚生年金を渡していたが、これは慰謝料として交付していたもので生活費を支給していたものではない。

7  よって、本件退職金規程及び労働基準法施行規則第四二条の準用により、太郎の内縁の妻である原告が本件退職慰労金の受給権者であるため、原告は被告に対し、退職慰労金一四四〇万円の支払いを求める。

二  原告の請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1ないし5の各事実は認める。

2  請求原因6のうち、太郎と参加人が昭和一二年三月二七日に婚姻し、太郎が死亡するまで戸籍上は夫婦であり、昭和四九年ころから完全に別居し、離婚が成立しなかった点は認め、その余は不知。

3  本件退職慰労金は、商法第二六九条に基づいて退職慰労金として支給する旨決議されたものであり、右退職慰労金については、原告・参加人双方から請求がなされたため、支給対象者および支給時期については、原告・参加人双方の協議の結果を待って決することとしたものである。

三  参加人の請求原因

1  原告の請求原因1ないし3と同じ。

2  本件退職慰労金が参加人に帰属することについて

Ⅰ 相続

参加人と太郎は、昭和一二年三月二七日に婚姻し、太郎の相続人は参加人の他、長男乙川一郎、二女丙山夏子、二男亡乙川二郎の子乙川秋子及び同乙川三郎であるが、大阪家庭裁判所平成九年(家イ)第一〇三四号家事調停(遺産分割)申立事件において、平成九年九月二九日に調停が成立し、本件退職慰労金は全額参加人が取得することに確定した。

Ⅱ 法律上の妻の受給権

太郎と参加人の夫婦関係を破綻させる原因を作ったのは原告であり、参加人は太郎との離婚に同意したことはなく、昭和五四年五月からは、太郎は、参加人に対して、婚姻費用の分担として厚生年金を全額給付している。したがって、本件退職慰労金の受給権者は法律上の妻である参加人である。

3  太郎の内縁の妻である原告は、被告に対し、本件退職慰労金を原告に対して支払うよう請求している。

4  よって、法律上の妻である参加人が本件退職慰労金の受給権者であるので、参加人は、原告に対しては、参加人と原告との間で原告の請求にかかる本件退職慰労金一四四〇万円が参加人に帰属することの確認を、被告に対しては、本件退職慰労金一四四〇万円及びこれに対する本訴においてその履行を請求した日の翌日である平成九年一〇月二一日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  参加人の請求原因に対する原告の認否

1  請求原因1及び3の各事実は認める。

2  請求原因2Ⅰは認め、同Ⅱのうち、太郎が参加人に対して太郎の厚生年金を給付していた点は認めるが、その余は否認する。

厚生年金は慰謝料として給付していたものである。

五  参加人の請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1及び3の各事実は認める。

2  請求原因2Ⅰのうち、平成九年九月二九日に調停が成立し、本件退職慰労金は全額参加人が取得することに確定した点は不知、その余は認める。同Ⅱは不知。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  本件退職慰労金は相続財産に属するか。

一  原告及び参加人の請求原因のうち、被告が太郎の死亡退職慰労金として金一四四〇万円を支払う旨株主総会において決議したこと、太郎には昭和一二年三月二七日に婚姻の届け出をした配偶者である参加人がいたこと及び原告と太郎が内縁関係にあったことは、当事者間に争いがない。

二  本件退職慰労金が相続財産に属するかどうかを判断するに当たっての検討方法

1  甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、太郎は被告会社の創業者であり、平成八年一月一九日に死亡するまでその代表取締役であったことが認められる。したがって、太郎の退職慰労金の支給に関する事項については、被告会社の従業員をその対象とする退職金規程(甲第一号証)の適用はなく、商法二六九条によって規律されるべき法律関係であり、同法所定の要件が備わらない限り太郎の被告会社に対する退職慰労金債権は発生しない(先に認定したところからすると、太郎を従業員たる地位を兼有する取締役と認めることはできない)。そうすると、公務員や就業規則たる退職金規程の適用を受ける民間企業の従業員を対象とし、その死亡退職金の受領者をどのように判定するかに関する理論や判例法理が本件に当然に妥当するものではない。

2  右に述べたところからすると、本件退職慰労金の帰属を判断するに当たっては、その支給を決定した株主総会において誰を受給者として決議されたかが重要な意味を有することになる。けだし、退職慰労金を支給する旨の決議がされない以上、原則として、退職慰労金債権は発生しないものであるからである。そこで、本件において、退職慰労金を誰に給付する前提で決議がされたかを検討する。

3  乙第三号証、丙第七号証及び弁論の全趣旨によれば、被告会社には取締役の報酬に関する定款の定めはないこと、被告会社では、平成八年三月三〇日、代表取締役柴田幸平、取締役甲野花子(原告)、同渡部正行、同村田政次、同宇都宮修子、同乙川一郎(参加人と太郎との間の長男で参加人の利益を代表している。)らの出席を得て定時株主総会を開催して太郎に対する死亡退職慰労金額について協議し、これを太郎の月額報酬の一二か月分金一四四〇万円と決定したこと、その席上、乙川一郎は増額を求めたが容れられなかったことが認められる。

右の事実からすると、乙川一郎は本件退職慰労金は参加人が取得できると考えていたのではないかと思われるが、総会の意思は明らかではない。そして、乙第二号証の1、第四号証、第五号証の1、第六号証、第七号証の1によれば、原告及び参加人双方からの本件退職慰労金請求に対し、被告会社は一貫して双方の協議を求め、合意しない限りいずれにも支払わないとの態度を堅持していたことが認められる。したがって、被告会社の株主総会が本件退職慰労金を誰に支給する意思であったかは明らかではないといわざるを得ず、本件退職慰労金が太郎の相続財産に属するかどうかは、役員退職慰労金の性格、支給を決定した株主総会の合理的意思等を総合的に考慮して決定すべきである。

三  役員退職慰労金は、基本的には在職中の職務に関する功労に対する報償であると解することができるが、実質的には死亡役員に経済的に依存していた家族の生活保障の役割を果たすことも否定することはできない。また、職務に対する功労に意味を有することが、相続財産であることに直結するわけでもない。これらの事情と、本件においては、株主総会は受給権者を格別意識していなかったことを勘案すると、太郎の退職慰労金については被告会社の従業員のそれに準じた取扱いをするのが相当であり、太郎の遺産には属しないものとすべきである。

第二  本件退職金規程を準用した場合の受給権者

一  被告会社の退職金規程の内容

甲第一号証によれば、被告会社の退職金規程第五条は、退職金は死亡当時本人の収入により生計を維持していた遺族に支給する。右の遺族の範囲及び支給順位は労基法施行規則四二条ないし四五条を準用する、との趣旨を定めていることが認められる。

二  被告会社の退職金規程にいう「遺族」、労基法施行規則四二条にいう「配偶者」とは原告からそれとも参加人か。

1  事実の認定

甲第二、第三、第六号証、乙第一号証の1、第九ないし第一一号証、丙第七号証及び参加人本人尋問の結果によれば、次のとおり認めることができる。

Ⅰ 参加人と太郎は、昭和一二年三月二七日に婚姻した。参加人と太郎との間の子で参加人とともに太郎の相続人となったのは、長男一郎(昭和一四年二月二五日生まれ)、二女丙山夏子(昭和二二年一一月一四日生まれ)、二男二郎(昭和一七年七月一一日生まれ、平成二年一月一日死亡)の子である乙川秋子、乙川三郎であった。

Ⅱ 結婚当時、太郎は公務員であったが、昭和二六年に退職して大阪に移り住んだが、昭和三四年に広島に戻り、太郎は会社員として勤務を始めた。

昭和四三年に太郎は広島市内に自宅を建てたが、そのころから参加人、二男二郎らで喫茶店経営を開始した。

Ⅲ 昭和四五年ころ、太郎は勤務していた会社を定年退職し、昭和四六年六月二五日、被告会社を設立した。太郎と原告とは太郎が勤務先会社を定年退職する直前のころ、同じ会社に勤務していたことから知り合った。知り合ったころは原告の夫も健在であり、太郎の退職の後は原告の夫も含めて会社を創業する予定であったが、昭和四六年一月に原告の夫が急逝したため、太郎が中心となり、原告がこれを支える形で被告会社の経営を軌道に乗せた。

Ⅳ 参加人は被爆者で病弱であり、昭和四九年には症状が悪化して看護を要する状態となったため、大阪居住の長男一郎夫婦に介護をしてもらうことになり広島市内の自宅を出て大阪に赴いたのであるが、以後、太郎とは疎遠になり同居共同生活をしたことはない。

Ⅴ 原告は、昭和五一年ころ太郎と同居し以後夫婦と同様の生活を送るとともに太郎と協力して被告会社を経営してきた。

太郎死亡当時における被告会社からの報酬額は、太郎は月額金一二〇万円、原告が月額金七〇万円であった。

Ⅵ 参加人は、昭和五四年に広島家裁に離婚調停を申し立てたが離婚給付額で話し合いがつかず、不調となった。この時以降、太郎と参加人間で離婚に関する協議がされたことはない。

参加人は、昭和五五年に広島市内に部屋を借りて大阪の長男宅から転居したが、昭和五八年には再度長男宅に身を寄せ、昭和六一年に広島市内に戻った。参加人は、このとき以来広島市に居住しているが、自宅は賃借しており、現在、生活費は年金と被爆者手当てで賄っている。

太郎は参加人に対し、昭和五三年一二月から平成四年六月まで自己が支給を受けた厚生年金の全額を振込み口座の通帳と印鑑とを参加人に交付する方法により交付していた。平成四年六月以降は太郎の厚生年金は太郎・参加人間の子丙山夏子が受領しているが、これは夏子が離婚して母子家庭となり経済的に困窮したためその援助のためにされた措置である。

参加人は、昭和四九年に広島市内の自宅を出て以来、太郎に会ったのは昭和五四年に行われた離婚調停の際の一度だけであり、その他には会ったことも電話で話をしたこともない。

2  評価と判断

Ⅰ 労基法施行規則四二条一項は内縁関係にある者も同項にいう配偶者に含まれる旨を規定しているが、その本来の趣旨は、法律上の配偶者はいないが、これと同視できる関係にある者がいる場合にはその者を配偶者として取り扱うというものであり、本件のように重婚的内縁関係にある場合は同様に理解することはできず、原則的には法律上の配偶者が同項にいう配偶者であり、例外的に、被災者と法律上の配偶者との間で財産関係の清算がされたと同様に評価するべき事情があり、かつ、離婚することについて双方に少なくとも黙示的な合意がある場合には、法律上の婚姻関係が戸籍上の配偶者として残存するという形で残っている場合でも、内縁関係にある者を同項にいう配偶者として取り扱うのが相当である。けだし、このように解することが生活保障給付的意味の大きい遺族補償給付の趣旨に最も合致すると解されるからである。法律上の婚姻関係が形骸化しているかどうかは右の観点から検討すべきであり、内縁関係が長期間継続し、それが夫婦関係の実質を有していたとしても、そのことの故に法律上の配偶関係が形骸化していることにはならない。

Ⅱ これを本件についてみると、太郎と参加人との間においては長期間夫婦共同生活の実体はなく、参加人本人尋問の結果によっても、太郎死亡時点においては参加人も太郎との間で共同生活を回復できるとは考えていなかったことが窺える。しかし、太郎から参加人に対して、太郎の資力に応じた離婚のための財産給付がされたことを認めるに足りる証拠はなく、参加人が昭和五四年に申し立てた離婚調停は、太郎から参加人にされるべき離婚給付額に関する協議が成立しなかったため不調となっているのであるから、参加人が太郎との離婚を容認していたとは認め難い。昭和五三年から平成四年までの間、太郎から参加人に対してされた厚生年金分の給付は、その支払い態様(長期分割給付)からみても、平成四年六月以降は丙山夏子が受領していることからしても、婚姻費用の分担の性質が強いものと認められ、実質的離婚給付ということはできない。

したがって、本件を前記例外的場合に該当するということはできず、労基法施行規則四二条の配偶者、被告会社の退職金規程にいう遺族とは、本件においては、太郎の法律上の配偶者である参加人がこれに該当することになり、同人が被告会社からの退職慰労金の受給権者であることになる。参加人の請求拡張申立書が被告に送達された日が平成九年一〇月二〇日であることは記録上明らかである。

第三  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、参加人の請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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